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「耕春院開山 明室禅哲禅師」

 

 

耕春院開山は、玉窓良珍禅師の法灯七代目に当たる明室禅哲である。

即ち 玉窓良珍ー玄中梵義―玄室道久―法外□心―本応祐源―万応久機―利天分伽―明室禅哲―と続く。

明室禅哲は津軽初代藩主為信の帰依僧で、当地統一なって、為信は、あらためて実父母の霊を弔うことを発心し、当時の津軽家の中心地であった堀越村に、実父武田守信(堀越城主を務めた)のために耕春院(現宗徳寺)を、生母のために貞昌寺(現新寺町・浄土宗)をそれぞれ建立した。

耕春院開山に請せられた明室禅哲は、その時田舎館村にその命を受けたとある。

耕春院の前身は田舎館城主千徳家の菩提寺安養寺といわれ、安養寺最後の住職が明室禅哲であったといわれている。

天正十年(一五八二)示寂。